今年も鬼来迎をみにいこう!

例年8月16日に虫生の里広済寺で行われる重要無形文化財「鬼来迎」を見学したことありますか?

横芝駅「ヨリドコロ」からレンタサイクルで20分ほどです。是非お出かけください。

国指定重要無形文化財「鬼来迎」について
提供:横芝光町商工会

【位置と環境】

鬼来迎(きらいごう)は、千葉県山武郡横芝光町虫生の広済寺に伝わる、因果応報、 勧善懲悪 を説く、全国で唯一の古典的地獄劇である。1975年(昭和50年)の文化財保護法の改正によって制定された重要無形民俗文化財の第1回の指定を受けた。

• 上 演 日  毎年8月16日
• 上演場所  広済寺(横芝光町虫生483)
上演時間  おおむね午後3時ころ(施餓鬼供養終了後)から1時間強

■由来
 鬼来迎は鬼舞とも呼ばれ、地獄を再現した劇で、仏教の因果応報の理法を説いた大変珍しい仏教劇である。

 この由来は、鎌倉時代の初期、後鳥羽院の時代に遡る。薩摩の国の禅僧石屋が、衆生済度のため諸国を遊行の途中、虫生の里に立ち寄り、この地の辻堂を仮寝の宿としたとき、妙西信女という十七歳の新霊が鬼どもに責められている様を見た。翌日、墓参に来た妙西の父・椎名安芸守と、妻・顔世と言葉をかわすことになったが、新霊は、この地の領主・安芸守の一人娘とわかった。請われるままに真夜中に見た地獄絵さながらの様子を話すと、安芸守は自分の悪行を悔い、娘の法名、妙西を広西と改め、彼女の墓堤を弔うために建久七年(1196年)仲夏、慈士山地蔵院広西寺を建立し、その開山となった。

 ところが、その年の仲夏六日、虫生の里に突然雷雨が起こり、寺の庭に青・黒・赤・白の鬼面と、祖老母の面等が天降ってきた。不思議に思った石屋は、これを寺内にとどめておいた。
 一方、当時鎌倉に居住していた運慶・湛慶・安阿弥の三人の彫刻師が、ある時偶然に、石屋と安芸守夫婦が亡き娘の卒塔婆をたてて、菩薩に済度されたという情景を夢に見て感動し、はるばる虫生の里を訪ねて石屋に逢った。石屋は三人にかつて辻堂で見た地獄の呵責のの様子と、それを救われた菩薩の大悲のありさまを詳しく話し、その姿を来世に残して、大衆の教化をはかりたい意向をのべたので、三人は早速、閻魔大王、倶生神、祖老母、黒鬼、赤鬼等の面象を彫刻し、出来上がった面をそれぞれ顔に当て、石屋もまた僧徒を集めて鬼に扮して、八月十六日に演じてみせた。そしてその後も、地獄の相・菩薩の威力を示す「鬼来迎」は、毎年八月十六日に行われるようになったといわれている。

■物語り

 舞台下手の櫓(やぐら)の影から突然響きわたる鐃鉢(にょうはち)の音と「ホッホッホー」の奇声。うだるような暑さの中ざわめく見物客がはっと顔をあげると、いよいよ地獄の幕があく。

  横芝光町に古くから伝わる「鬼来迎」は因果応報・勧善懲悪を説く全国で唯一の古典的地獄劇。その起源は約八百年前、鎌倉時代初期にまで遡るといわれ、昭和五十一年には国の重要無形民族文化財に指定されている。

  鬼来迎は、演者はもちろん舞台の設定から衣装整備まで、すべてが地元民の手による。平成三年には東京国立劇場でも上演され、「これは素人の芸ではない」と多くの人を感嘆させたという。 劇は、地獄の責苦を骨子とした「大序-賽の河原-釜入れ-死出の山」の四段と、広済寺建立縁起を物語る「和尚道行-墓参-和尚物語」の三段、全七段からなり、上演時間は約一時間半である。

■地獄譚

◆大序
 場は地獄の閻魔の裁き所。閻魔大王、倶生神、鬼婆、黒鬼・赤鬼が次々と登場し、亡者の生前の罪を判じる。「娑婆国中の大悪人」と判が下ると、鬼たちが亡者を連れ去る。

◆賽の河原
 子供の亡者達が石を積んで遊んでいるところへ黒鬼・赤鬼が出てきて捕らえようとする。そこへ地蔵菩薩が現れ鬼を打ち払って亡者達を救い出す。

◆釜入れ
 場面は一転し、地獄の釜茹での場。逃げ惑う亡者を鬼婆が釜に投げ入れ、鬼たちとともに火を煽ぎ薪をくべる。「首でも切って食らおうか」と鬼たちが亡者を吊るし上げて退場。

◆死出の山
 亡者は鬼たちに火が飛び出す腕を持たされ、死出の山へ追い上げられた末、大石で押しつぶされ、下へ突き落とされる。口から血を流して苦しむ亡者。そこへ観音菩薩が現れて、亡者を救い、鬼と問答をかわして悠々と退場する。鬼は悔しがって亡者の卒塔婆を抜き取り、「さては成仏いたせしか」とそれを投げ捨て怒号を発する。

■広済寺縁起譚

◆和尚道行
 虫生の里のとある辻堂。夜道に迷った石屋和尚が「妙西信女」というまだ新しい墓に気付く。そこで和尚は鬼が娘の亡者を鉄棒で責める様を見るが、夜明けとともに鬼も娘もかき消える。

◆墓参
 娘の父母である椎名安芸守と顔世が家来を従えて墓参りに訪れる。「折り入って御話し申したし」という和尚を夫妻は屋敷へ伴う。

◆和尚物語
 和尚は娘の苦しむ様を語り、安芸守夫妻はその世を辻堂で過ごす。地獄での娘の姿を見て嘆き悲しんだ夫妻は、娘の成仏と、娘を地獄に落とした自らの罪の消滅を祈り、和尚の教えに従って広西寺(広済寺)の建立を約束する。

■赤子と鬼の奇妙なセレモニー

 最初の「大序」の場面で、登場する鬼婆に赤ちゃんを抱いてもらうと健康に育つ、という言い伝えがある。毎年「地獄の釜が開く日」の月遅れの八月十六日、鬼来迎の演じられる広済寺境内は、我が子の健やかな成長を願う両親、そして全国から集まる見物客で華やかににぎわう。